不思議な運命に導かれ、こんなプロポーズもありかな。

俺、プロポーズの時、彼女に大笑いされたんです。その後ふたりして笑った、お腹抱えて。以下に書こうとしているのは、ぜったいに忘れられない、俺のプロポーズの話です。

 彼女と付き合いはじめたのは平成20年9月。知りあったのは春先でした。インターネット、と言ってもいわゆる「出会い系」ではなく、よくあるSNS系のゲームサイト。はじめはあいさつをかわす程度でした。たまたま話がはずんだことがあって、同じ群馬の生まれと知りました。当時、彼女は奈良に、俺は埼玉に住んでいました。歴史が好きな俺は、前々から京都や奈良に観光にいきたいと思っていたけれど、だから会おうというのはあまりに露骨だし、正直ちょっと気が引けました。それが、ある日を境に、会わなければならない!と強く思うようになりました。

 さかのぼること12年。俺は高校2年の夏休みで、はじめてのひとり旅にでました。翌年は受験。予備校の夏期講習にも参加したけれど、なかなか前向きな気持ちになれず欝々欝々としていました。旅の行き先は花巻と決めていて、これにはちょっとした背景がありました。中学時代の夏休みには決まって読書感想文の宿題があったのですが、ものぐさな俺は小学校6年の時に読んだ『銀河鉄道の夜』の感想文を3年間書き続けたのです。だから、いまでも夏が来るとはるかな尾瀬ではなく『銀河鉄道の夜』を思い出してしまいます。高崎から大宮をへて新花巻駅を降りると、花巻市内の観光をしました。そして賢治詩碑近くの『わらべ』という民宿に泊まりました。おじさん、おばさんの素朴な人柄がにじみでた、シンプルだけど素敵で快適な宿です。玄関のところに1冊の大学ノートがおいてあって、宿泊客が自由に記帳できるようになっています。日が暮れてからのひまつぶしにめくってみると、すこし前に2~3ページも書かれた記録を見つけました。長文です。「なんだろうこの人。普通は2、3行程度しか書かないだろ、こういうのは」と思いつつ、署名を見ると大学名に添えてひと目で女の子とわかる名前が記してありました。「どんな人だろう」と気になったせいか、それともひとり旅の興奮からか、その晩はなかなか寝付けずにいました。

 お互いに旅行が好き、というような話題になった時、俺は彼女にこの時の話をしてみました。すると「あ、それ書いたの私よ」じつにあっけらかんと彼女は言いました。国文学を専攻し、宮沢賢治をテーマに研究をしていた彼女は、なんども花巻を訪れ、その『わらべ』というという民宿を定宿にしていたのだそうです。俺は12年前のあの晩を思い出してして「人生ってこんな不思議なことが起こるものなんだ」とぼうぜんとしました。

 その後、俺は奈良に旅行に行き、彼女と対面を果たしました。その時か交際がはじまったのですが、その時点で俺はもう「この子と結婚したい!」と思っていました。だからその時、彼女に一番好きな場所を聞いたのです。そこでプロポーズをしようと思って。「一番好きな場所?そうだなぁ、花巻かなやっぱり。私の青春の場所だからね」と彼女は言いました。

 ふた月ほどたって、俺と彼女は新花巻駅に降り立ちました。ふたりで訪れるはじめての花巻。だけど、不思議とそんな気はしません。賢治記念館や童話村をまわって遊ぶ。天候はあまりよくありませんでした。灰色の雲が風にどんどこ流れていって、ときおり雲間からのぞく青空もすぐふさがれてしまうのです。やがて詩碑につきました。詩碑に至る小道はむかしは砂利だったけど、いまは舗装されています。「砂利道のままのほうが良かったのに、ね」そんな会話をしながら奥へと進みました。一番奥に詩碑があり、そのあたりだけ雑木林に囲まれた空間になっています。むかしはここに羅須地人協会の建物があり、有名な「下ノ畑ニ居リマス」という黒板もここにあったのです。ちいさな丘のようなその広場からは、眼下に賢治の「下ノ畑」が見えます。丘のへりにならんで立って、その景色をいっしょに眺めました。雲はあいかわらずどんどこ流れてゆきます。風が強く、まるで『風の又三郎』の書き出しのようでした。木々の葉擦れの音が、賢治の童話を思わせました。俺はくるっと彼女の方を振り向いて「結婚してください!」とプロポーズをしました。

 ......はずでした。実際には、丘のへりの地表に張り出ていた木の根っこにつまづいてバランスを崩し、彼女に寄りかかるような態勢になっていました。彼女はとっさに後ずさりしてずさりして俺の巻き添えにならずに済んだが、同時に堰を切ったように笑い出しました。よつん這いになってしまった俺も笑うしかありません。まったくもってかっこ悪い。けどまぁ、世界に一つくらい、こんなプロポーズもありかな、と笑い続ける彼女のくしゃくしゃの笑顔を見ていて思ったのでした。

坂西涼太さん (30代・男性)

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