あの時、真っ赤にした耳たぶを忘れたくない。

 満開の桜の下、彼女が重箱の蓋を開けた途端「ウォー」、「すげえじゃん、栗おこわときたか」と感嘆の声が上がりました。けれど、彼女が本命にしているイケメンが最初に口に入れると、「ゲー、変な臭いするし、糸を引くじゃん」と手のひらに吐き出しました。「せっかく皆のために作ったのに」と耳たぶを真っ赤にして、涙目になる彼女。「こんな季節外れの食いもんを作るアホがいるか」といつまでもネチネチなじるイケメン。

 そんな栗おこわでも「大丈夫だ。俺、食うよ」

 ――それは彼女に同情したからではありません。ふたりきりになると何も言えない、シャイな僕が出来る精一杯のプロポーズだったのです。「あの時、食中毒起こさなくて良かった」と笑う妻に、トイレで吐いたことを僕はまだ白状していません。あの時の耳たぶの赤さをいつまでも忘れたくないのです。

渡会次郎さん (20代・男性)

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